旧出雲市内の平野部は、南北を山に挟まれている。
南の山は、東西に広がり、また、さらに南へと広がり、
中国山地と連なる。
天気の良い冬などは、西に三瓶山が白く輝いて見えることもある。
大げさに言えば、果てがない。
東西にどこまでも、やがて見えなくなるようでもある。
一方、北山は、西は海に接して途切れ、
東は、旅伏山の先の辺りで、一度途切れるようで、
陸続きではあるが、まるで一つの大きな島のようである。
広範に観れば、島根半島の端端までの山脈だろうが、
素人目には、大社の海と旅伏山の先で途切れた、
特異な山脈である。
北山というと誰もが、思い浮かべられるが、
南山というと、どれを指すのか、漠然としている。
南の山と言うことはあるが、北の山とは言わない。
旧出雲市内の出雲人は、
道案内などをするときに、方角をよく使う。
「駅の北口を出て、北にまっすぐ進んで、
市役所の西側の小路を・・・」
「今市小学校の体育館の東の校庭のすぐ北側の建物が・・・」
などと、
相手が東西南北を知っていて当たり前のように話す。
北山が東西に短い山脈で、
この街の北に座しているという特徴が、
東西南北で道案内するという特性を作っている。
この先もずっと引き継がれていくのだと思う。
風土ここにあり、と。
令和8年1月
かつらのフセ






