出雲の正月 お雑煮

あなたの家では、どんなお雑煮を召し上がっていたのだろうか。

雑煮と聞いて、私がまず思い浮かべるのは、たっぷりの岩海苔である。

毎年12月になると、我が家に平田の方から行商のおばさんが半生の岩海苔を売りに来た。確かめたわけではないが、おそらく多くの家では、その岩海苔を買って、正月の雑煮に入れて食べたものと思う。

海苔の産地は、十六島、三津、小伊津、坂浦など、いろいろだが、一括りにして「ウップルイ海苔」と言って、売買した。その昔は、12月になると、出雲地方の各地にノリ売りのおばさんが歩いたもので、奥出雲町の祖父母の家でも、母の育った雲南地方の木次町でも、海苔の雑煮が食べられた。

丸い餅を、「ぼくは、3個」「私は、2個」などと、母に煮てもらい、漆塗りのお椀に餅の煮汁を少し入れ、お餅を入れ、酒で戻した「ウップルイ海苔」をたっぷりと乗せ、その上にカツオを少々、濃いめの出汁をかけていただくのだが、椀の内側の赤色と餅の白色、海苔の黒色に近い紫色が、なんとも高級で、非日常的で、一言でいえば、正月の「めでたさ」を演出してくれるものだ。

学生時代、全国各地の雑煮を紹介するテレビ番組で、「島根はアズキのお雑煮です」と言うので、思わず、「違う、違う」と口走っていた。なんで、ウップルイ海苔じゃないんだよぉと、思いながら、見るテレビの中では、ぜんざいのような雑煮を食べる人が、確かに出雲弁で取材に応じていた。なるほど、「そういう地域もあるのか」と納得しながら、「でも、岩海苔の雑煮が主流だろう」という思いは払拭できずに、今も引っかかっている。

結婚して、初めて、妻の実家では、新年最初の雑煮は「アズキ雑煮」だということを知った。でも、その後は、海苔の雑煮を食べるのだった。このアズキ雑煮も、煮たお餅に、煮たアズキをかけて、各々食べる時に砂糖を入れて、好みの甘さで食べる。その食べ方を聞くと、アズキ雑煮とやらも、なんだかやはり、正月の特別な食べ物のような気がした。その後は、海苔をふんだんにかけて、やはり、濃いめの出汁で食べる。こう聞くと、我が家と同じように思われるかもしれないが、海苔が違うのである。

妻の実家は、旧平田市の三津町。岩海苔の産地である。私の住む今市町や、母が育った雲南地方の木次町などでは、半生の反物のような形状のお海苔を珍重するが、海苔の産地では、正方形に近い板海苔のような形状でしっかり乾かしたものを、最も上等の海苔とする。なので、雑煮にかけるのも、その海苔を何枚も焙って、容器に保存しておき、お餅に、惜しみなく使う。

言われてみれば、以前、田儀の知人が、お裾分けと言って、その海苔を持って来てくれたことがあった。網目状の板ノリのようで、細い紙を帯のようにして10枚束ねてあった。香り高い、島津屋(ノリの名産地)の海苔だとは思ったが、我が家では、例の半生のモノが最高級扱いなので、貰ったノリは、焙って、ホウレン草のおひたしにかけたりして食べた。

江戸時代、松江の風流人、松江藩主・松平不昧公が、ウップルイ海苔で裃を作らせ、江戸城に登城した折に、すれ違う人にそれをちぎってた食べさせた、という話を聞いたことがある。私は、その裃を作った海苔は、半生のウップルイ海苔だと思っており、同じ海苔を食べていると思うだけで、めでたい気持ちになる。

今も、海苔の雑煮は、特別のものである

令和8年1月

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